ベンチャーキャピタルについてのあれやこれ【パート3】

前のページからの続きです(^^)

どうやって投資するかを決めているのか?

経営者・経営陣の人間性
ベンチャー企業投資は非常に長い期間の資金運用になります。長期的に信頼関係をもって付き合えるかどうかを重視するのは当然です。なので、経営者・経営陣の人間性はとても気になるところであります。実績があればなおいいですが、たとえ会社としての実績がなくても、経営者たちの個人的な実績が過去にあればそれもプラスになる材料ですし、それがなかったとしても、これまでに何らかの素晴らしい経験をしてきて、人間性としても安心してパートナーになれると判断できればOKです!!人間性は、会話でよくわかります。ついつい、他者の良くない部分を批判したり、なんだか隠し事をしている感じがしたり、クリアな雰囲気を受けないんですね。けっこうわかります。そういった場合はお断りをするのですが、ストレートに断る理由を述べることはまずありません(笑)「事業に自信が持てません」、「採算面でちょっと難しいと思ったので・・・」という回答をします(^^)
将来を見込める事業かどうか
われわれベンチャーキャピタルが求める将来性というのは、上場できる可能性があるかどうか、そこにつきます。しかも、投資後5年、6年くらいできちんと上場できる会社に到達する可能性があるかどうかということです。上場できる規模というのは、経常利益で3億円以上を考えるのが通常ですね。売上高は増加基調であれば金額的な基準はないんですが、事業の成長性についての判断は、とても難しい仕事の1つですね。
ベンチャーキャピタルにとってどれだけ利益がでるか
ベンチャーキャピタルは慈善事業ではないので、やはりどれだけ自分たちに有益なのかもじっくり考えますよ。きちんと計算して、何年後にはいくらくらいの利益が見込めるかを予想し、計画を立ててみます。その計算によって、ちょっと採算性がない場合もあったりします。採算性があまりにも見込めなければ断ります。どんなに経営陣の人間性がよくてもです。ただし、採算性が微妙なラインなら、他の判断事項も加味しながら決めます。

出資が進まないワケは

多くのベンチャー企業はできればベンチャーキャピタルに出資してほしいと思っています。でも、「はい、いいですよ」というわけにはいきません。そんなに簡単に出資できない理由があります。

ベンチャー企業が顧客が増加する根拠と成長の見込みをうまく示せないため
会社が成長するということは、顧客数や顧客が購入してくれる金額が増えるということが基本になってきますよね。そのためには、顧客が増加する根拠を示すためにも、どうやって顧客を満足させるかという提案をベンチャーキャピタル側に示す必要があります。その提案なり、説明なりが、だれでも納得できるほどの力を持っていれば、もちろん投資の話も進みます。でも、この説明がいまいち不透明であいまいな段階では、ベンチャーキャピタル側を納得させるのは難しいですし、その程度では投資は難しいものです。また、成長の見込みに関しては、長期的な事業展開の策定と、今後の課題や予想され大きな壁をどのようにして乗り越えていくかなど、その方法も細かく、具体的に示せなければいけませんし、具体的に検討しなければいけません。この予想や検討が深く掘り下げられていなければベンチャーキャピタルを納得させるのはけっこう難しいでしょうね。
ベンチャーキャピタルがベンチャー企業の将来性を見抜けない
この場合はベンチャーキャピタリストの腕にかかっている問題であります。ベンチャーキャピタリストは形になっていない、目には見えない将来性というものを判断して出資・増資を行っていくわけです。なので、ベンチャーキャピタリストが将来有望な企業を見落とすこともよくある話です。そして、そのベンチャー企業が、数年後にはほかのベンチャーキャピタルの出資で見事上場し、大きく成長をとげる・・・・・・な~んてこともありますよ、もちろん。こういったケースは、アメリカでも多く見受けられます。とくにアメリカは規模が日本とは違うので、将来性を見抜けないで、ライバル社にそのベンチャー企業をゆずってしまい、成功さえも譲ってしまうというシナリオはよく聞く話です。それだけ、将来性を見抜くという難しさがわかりますし、逆に成功した時の喜びは半端なく大きいものとなります!!!
会社がベンチャー企業の投資判断の基準をわかっていない
先程も述べたとおり、投資するための判断は経営者・経営陣の人柄や本気度、将来を見込めるかどうか、ベンチャーキャピタルにどれだけ利益が出るか3点です。この部分を判断基準の中心として、投資するべきかどうかの判断を行いますが、やはり判断はベンチャーキャピタルによって違いますよね。また同じベンチャーキャピタル内でも、投資に賛成派と反対派で意見が割れることなどしょっちゅうです。やはり同じ材料を見て検討しても、人によって感じ方がさまざまなのだなと実感しますし、また、意見が割れて再検討することで、より深く判断をすることになるので、必要ではあります。
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